伝統工芸は止まったら終わり〜伝統工芸士 今井達昌さん
Vol2「伝統と現代」を磨く人
株式会社シケン 前社長の八田いすずが、人生をかけて何かを「磨く」人にお話を伺うこの企画。
第2回では、大阪の伝統工芸品「錫器」をモダンなデザインで製造し、注目されている大阪錫器株式会社の代表取締役社長・今井達昌さんにお会いしました。
大阪浪華錫器とは?
経済産業大臣指定伝統工芸品の一つで、大阪府で製造されている錫器のうち、特定の技術・製法でつくられているもの。柔らかい金属「錫」を鋳型に流し込み、磨き上げて仕上げる。現在、大阪浪華錫器を製造しているのは大阪錫器株式会社を含め3社のみ。
溶かした錫を鋳型に流し込む。柔らかい錫を適切に扱うには技が必要だとか。
錫器の歴史は、日本の歴史とも重なっているんですね。
八田:
初めまして、今日はよろしくお願いします。ホームページでは拝見していたんですが、実際にみると本当に素敵な商品ばかりですね。
今井:
よろしくお願いします。いや、古い商品も混ざってるんですが。
八田:
でも、とてもモダンな雰囲気です。錫器自体は古い歴史があるものなんですよね?
今井:
日本では大体、今から1300年ほど前から作られているそうです。正倉院の御物の中にも、錫器があるみたいですね。でも、江戸時代の初め頃までは、主な産地は京都だったんですよ。
八田:
そうだったんですか?今では大阪で作られるものがかなりのシェアを占めているそうですが…。
今井:
つまり、錫器というのは神仏具といって、神社やお寺の関係で使われることが多かったんです。京都にはお公家さんが多かったでしょう。そういう家は神社と結びつきが深かったんで、京都では錫器の需要が高かったんですよ。ところが、江戸時代に入ると武家中心の社会に変わってきますし、一般社会でも錫器を使う機会が増えてきました。その頃になると庶民もだんだん豊かになって、錫器を買えるようになってきますから、京都で働いていた職人たちが経済物流の中心であった大阪に移っていきました。その流れで、大阪が錫器の生産地になったんです。
八田:
へえー!錫器の歴史は、日本の歴史とも重なっているんですね。
伝統工芸は、止まったら終わりなんですよ。
今井:
まあ、よくわからないけども歴史はたしかにあるんですわ(笑)。うちもね、この会社の形になったのは戦後ですが、家業としては江戸時代の錫屋伊兵衛という職人からずっと続いています。
八田:
江戸時代!すごいですねえ。それだけの歴史があって、こういったモダンなタンブラーを作ろうと思われた理由は何だったんでしょう?
今井:
そりゃもう、ゴハンが食べられないから(笑)。昔のまんまだと。
八田:
まあそんな(笑)。
今井:
生活様式がどんどん変わっていきますから、昔の商品を作り続けても売れなくなってしまいますよね。伝統工芸はね、止まったら終わりなんですよ。さっき、日本の錫の歴史は京都から始まったと言いましたけども、今でも京都で錫器は作られているんです。歴史だけで言えば、大阪より長いわけですよね。でも、京都の錫器は国の伝統的工芸品の指定を受けられませんでした。それはなぜかと言いますと、一つには京都の錫器は産業として成り立ってなかったからなんです。やはり時代に合ったものを作り続けないと、技術の伝承の前に職人が食べていけないですよ。
八田:
なるほど、そうだったんですね…。実は、弊社では創業以来ほとんど一種類の歯ブラシを作り続けているんですが、時代に合わせて少しずつリニューアルしています。歴史という点では全く違いますけれども、立ち止まらないという点では少し似ていますね。
今井:
ものづくりで食べているところは、どこも同じでしょうね。また、そうしないとお客さんには喜んでもらえないですから。
「伝統工芸」をずっと生きたものにするために
今井:
タンブラーとしては、うちの商品は決して安くはないでしょう。お茶器も徳利もそうです。でもね、これでも価格を抑えているんですよ。
八田:
ええ、今井社長がコストカットのために大きく変えられたところがあると伺ってます。
今井:
いやいや、大きく変えてないの。伝統工芸品の認定をされるときに作り方を全部登録してあるんで、変えると伝統工芸の指定から外れちゃうの(笑)。つまり、錫器っていうのは、溶かした錫を鋳型に流し込んで形を作るんですが、鋳型に流し込んで固めて、その後削るという工程自体は昔と何も変えていません。変わったのは鋳型の材料です。昔は包丁の砥石と同じ石で型を作っていましたが、あの石は現在では非常に高価なものでほとんど供給されないんですよね。それで、代替の材料を使用し、昔からあった鋳型の表面に模様を入れる技術をより高度にし、緻密な加工を行えるようにした事で大きくコストを下げる事ができた。しかし、製品を作るのは1個ずつ手で鋳造を行うという作り方自体は何も変わっていません。伝統工芸というと昔からの物を作り続けている、と思っている人も多いんですが、現在の生活の中で使えるデザインの物を作りながら使ってもらいやすい価格の物を作っていくことにより、使ってもらえる人を増やしていかなければいけないんですよ。
八田:
コストは多くのメーカーさんで気にされるところだと思いますけども、伝統工芸の世界でもそうなんですね。
今井:
気にしないところも、あるかもわかりませんが(笑)。伝統工芸をずっと生きてるものにするためには、気にしないといけないでしょうね。やはり、買える値段じゃないとお客さんは買わないですから。
八田:
それもよくわかります。弊社の歯ブラシも、歯ブラシとしてはちょっと高いものなので。機能には自信がありますが、いいものだからどんな値段でも買っていただけるかというと、そういうことではありませんしね。
機能が先、キレイは後。
八田:
そういう意味では、値段の付け方って難しいところがあると思うんです。いいものだけど、作るのにどうしてもちょっとコストがかかるというもの。こちらでつけたい価格と、お客様に買っていただける価格と…。
今井:
この価格を納得してもらうためには、錫のいいところをきちんと知ってもらう必要があるんです。例えば、科学的な裏付けはできていないんですが、錫は雑味を吸収する金属だと言われています。雑味っていうのは、いやな苦さや酸っぱさですね。安いお酒で飲み比べると、素人さんでもびっくりするくらい味が変わります。もともと雑味のない大吟醸みたいなのはあんまり変化がないんですが(笑)。
八田:
それはすごいお話ですね!試してみたいです。
今井:
ぜひやってみてください。他にも長所はあるんですが、錫は、それ自体が機能を持っている金属なんです。その機能が先、キレイは後。そりゃ職人ですから、見てスゴイなあとかキレイやなあっていうものは作れますが、道具として良くなかったらただのオブジェでしょう。使ってていいなあと思ってもらえば、理由なく高いってことにはなりませんよね。まずはそこを納得してもらいたいんです。
八田:
弊社の歯ブラシも、機能優先で開発したものなので、それはよくわかります。やっぱり、きれいとかカッコイイという理由だけでは、日常使うものに払えるお金に限界がありますものね。
デザイナーは入れません。すべて職人が考えます。
今井:
うちの会社では、いわゆるデザイナーは入れてないんです。全部職人が考えてます。
八田:
そうなんですか!洗練されたデザインのものもたくさんありますが…。
今井:
つまり、外のデザイナーに考えてもらうと、奇をてらいすぎるんですわ。作るのに手間がかかる技術を、これでもかと盛り込んだものになったりしてね。もちろんそれも作れるんですよ。でも、たくさん作ることはできないでしょう。結果的に高くなりすぎて、誰が買ってくれるんやろかっていうものになってしまう。職人でも、若い子に考えてもらうと「オモテはいいけど、お前ウラはどうするんや?」っていうもの作っちゃったりしてね(笑)。「どうやって作る」っていうのがきちんと完成形と結びついていないと、なかなか商品として流通できるものにならないんです。
八田:
作りやすさ、つまり工程ってコストにも直接響いてくるところですしね。
今井:
そうなんですよ。だから、若い職人もたくさんおりますが、そこのところは考えなさいとよく言いますね。
真面目にやる。これ以外にないでしょう(笑)。
八田:
最後に、今井社長のお仕事に対するモットーを伺いたいんですが…。
今井:
モットー?ないない(笑)。
八田:
まあそうおっしゃらず。
今井:
そうですねえ、あえて言うなら「真面目にやる」ってことです。職人ですから、これ以外にないでしょう。
八田:
「真面目にやる」。たしかに、ものづくりでは真面目にやる以上の近道はありませんね。今井社長、今日は本当にありがとうございました。
今井:
ありがとうございました。
対談を終えて
個人的にも以前から興味深かった“伝統工芸”の世界。今井社長を通して語られるひとつひとつに感銘を受けました。
今井社長は職人であり経営者という二つの立場で、“伝統を守りながら新しい事に挑戦する”を実にバランスよく実践されておられます。よく耳にする高齢化や後継者不足の業界で、大阪錫器さんでは20代の女性を含む20名もの職人の方が現場で技術を学び、新しいデザインやスタイルの器を社内で次々と生み出しているのには驚きました。
工房は活気があり、所狭しと並べられたピカピカの錫器たちが出荷を待っています。そんな中に、はっとする美しい器に目が行きます。今井社長の先代が造られたという作品は今もお手本として傍に置いているとのこと。
お話の最後に、手になじむほっそりとしたタンブラーに、冷水をついでいただきました。水の冷たさが指先からすっと伝わる瞬間を体感し、不思議な魅力に引き付けられました。今井社長の求める“用の美”は数百年の時を経て、これからも受け継がれて行くことでしょう。大阪錫器の皆様、貴重なお時間をありがとうございました。
大阪錫器株式会社
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